10の話

佳境の話

認知症の阿部さまはスタッフにいつも、
「あの、家に帰らなくちゃいけないの。どこに行けば帰れるかしら?」
と心配そうな表情で話しかけてきます。
記憶に重篤な障害をかかえている阿部さまは、
つい1、2分前のことを覚えていることができません。
そのため友人や家族に関する記憶まで薄くなり、だんだんとひとりぼっちになっていきます。
そこには大きな“不安”があります。
そんな、根底に不安をかかえた人たちが、佳境では、
いきいきと笑顔で楽しそうに会話している場面がよく見られます。
なぜでしょうか?
答えは簡単です。佳境ではそのかたらしい“役割”をさりげない日常で感じてもらうからです。

長年主婦をしていた秋元さまはスタッフが湯のみを片づけていると、
「私がやってあげるわ」といきいきとした表情で話しかけてきます。
スタッフも一緒になって湯のみを洗い、
「いつも本当にありがとうございます」と笑顔で感謝します。
すると秋元さまは、「いいのよ、こんなこといつもやっているもの!」
と自信満々の表情を見せてくれます。
ときには人生の先輩として、よきアドバイスをしてくださる皆さまはとても輝いていて、
その姿を見るスタッフもたいへん喜びを感じています。

重度認知症の高橋さまには会話がつうじないことも多く、
通所当初は、入浴の際になかなか服を脱いでいただけなかったり、
身体を洗わせていただけなかったりしました。
だんだんとスタッフも高橋さまの言葉以外の表現から、感情や意思を感じられるようになり、
高橋さまの意思に反することがないように誘導して、
きれいに身体を洗ったあとに湯船でゆっくりとあたたまっていただけるようになりました。
すると笑顔で、「ありがとうございました」とおっしゃってくださいます。
気持ちよく入浴していただくためのお手伝いができたことの喜びが込みあげてきます。

若年認知症の小堀さまは同じことを何度も言われることがあるので、
ときには、私もうんざりしてしまうことがあります。
ですが、会話をし始めると、とてもおもしろいことを言ってくれたりして
楽しませてくださいます。
学生時代、クラスにひとりは必ず、おもしろくて皆を笑わせてくれる人がいたものですが、
小堀さまはきっとそういう人だったのだろうと人柄が思い浮かびます。
一緒に笑っているとき、私はなぜあんなつまらないことでイライラしてしまったのだろう
と自分の小ささを感じます。
私は介護の経験はありませんでしたが、今はこの仕事にとてもやりがいを感じています。

→ 認知症デイケアセンター 佳境(かきょう)

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